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徳島地方裁判所 平成6年(ワ)445号 判決 1996年3月08日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告池田登代子に対し三九四五万五七六六円、原告池田衣里及び同池田弥生各自に対し各一九七二万七八八三円、及び右の各金員に対する平成六年七月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らの被相続人である亡池田和正が、新聞を配達するため、被告の設置・管理する施設の敷地構内に原動機付自転車で進入しようとしたところ、被告の右施設職員が同所に設置した鎖に引っ掛かって転倒し、死亡したとして、原告らが、被告に対し、民法七一七条または七〇九条による不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。

(争いのない事実)

一 当事者

1 原告池田登代子は亡池田和正(以下「和正」という。)の妻であり、同池田衣里及び同池田弥生は和正の子である。

2 被告は、徳島市立青少年交流プラザ及びB&G財団徳島海洋センター体育館(以下「交流プラザ等」という。)を所有・管理しているものである。

二 交流プラザ等の敷地入口の鎖の設置

交流プラザ等は、被告が所有する建物で、徳島市教育委員会が管理し職員を常駐させている。被告は、交流プラザ等の敷地構内にアベックが夜間侵入して青少年に風紀上悪影響を与える、暴走族が夜間に敷地構内で暴走する、付近住民が夜間に駐車場代わりに無断駐車するなどの問題があったので、これらを防止するため敷地入口を閉鎖することとし、その方法として鎖を張って施錠することにし、平成六年七月七日着工して翌八日完成させた。これは入口両側にステンレスパイプの支柱を立て、これにステンレス製の鎖を張り渡して南京錠で施錠する構造のもので、初めて鎖(以下「本件鎖」という。)を張って施錠したのは同月一二日午後一〇時である。

三 和正の事故

和正は、平成六年七月一三日午前五時一〇分ころ、新聞配達のため原動機付自転車を運転し、徳島市論田町中開四七番地先から交流プラザ等の敷地構内に進入しようとして、交流プラザ等への入口に張られていた本件鎖に引っ掛かって転倒し、死亡した。

(争点)

一 被告の責任

1 原告ら

(一) 本件鎖は両側に立てられたステンレスパイプの支柱の間に張られたもので、支柱を介し土地に接着して築造された設備の一部であるから、土地の工作物に該当する。本件鎖は幅がわずか数センチメートルで、夜間、早朝には容易に発見できないこと、それまでは夜間といえども自由に車が出入りできていたことなどを考えると、本件鎖の設置にあたっては入口を鎖で閉鎖した旨の表示、警告を立て札等により明らかにして、進入しようとする者に対し、進入が物理的に不可能なことを認識できるような手段を講ずべきであった。しかるに、被告はこれらの注意を怠ったものであるから、本件鎖設置の瑕疵によって本件事故を発生させたものである。したがって、被告は民法七一七条に基づいて損害賠償責任を負う。

(二) 本件入口は、夜間といえどもそれまで自由に出入りできていたのであるから、出入口を閉鎖するには、進入しようとする者が通常の前方注視をすれば容易に発見できるような開閉式の扉等の物で閉鎖すべきである。これらの方法が採用できず鎖で閉鎖するのであれば、入口を鎖で閉鎖した旨の表示、警告を立て札等により明らかにして、進入しようとする者に対し、進入が物理的に不可能なことを認識できるような手段を講ずべきであった。しかるに、被告はこれらの注意を怠ったものであり、民法七〇九条の過失責任は免れない。

2 被告

本件鎖は、公道から約七五メートル入った位置に設置され、長さは約六メートル、中央部の地表からの高さは約五〇センチメートルのもので、出入口の閉鎖設備としては十分なものであった。また、本件事故は早朝の五時一〇分ころに発生したものであるが、当日の日の出は午前五時で事故当時の天候は快晴であり、明るさの点でも見えにくいということはなく、構内敷地に進入しようとする者において通常の前方注視をしてさえおれば容易に気付くものであった。ところが、和正は、猛スピードで前方を注視せずに進行してきて鎖に引っ掛かり転倒したもので、本件事故は和正の一方的な過失に起因するものである。

二 損害

1 原告ら

(一) 和正は、死亡により次のとおりの損害を被った。

(1) 逸失利益 六二六七万二一九八円

和正は、死亡時満四〇歳であったが、死亡時における年齢別平均給与額は四四万四〇〇〇円であり、生活控除率三割とみて、新ホフマン係数に基づいて逸失利益を産出すると、その額は六二六七万二一九八円となる(四四万四〇〇〇円×一二×一六・八〇四×〇・七=六二六七万二一九八円)。

ちなみに、和正は平成五年八月末ころまでは自動車販売会社に勤務して、平成四年度は四六一万八三六六円の給与所得を得ており、事故当時は保険外交員をしながら新聞配達のアルバイトをしていたが、これは臨時的、暫定的なもので、せめて右程度の給与が得られるような職種を探していたものである。

(2) 慰謝料 二五〇〇万円

本件は死亡という重大な事案であり、慰謝料としては二五〇〇万円が相当である。

(3) 葬儀費用 二〇〇万円

和正死亡に伴う葬儀がとり行われたが、これに要した費用は二〇〇万円とみるのが相当である。

(4) 過失相殺後の損害 七一七三万七七五八円

本件事故についての和正の過失は二割とみるのが相当である。

(5) 弁護士費用 七一七万三七七五円

原告らは、本訴訟提起を弁護士に委任したが、その費用は過失相殺後の損害額の一割とするのが相当である。

(6) 請求金額 七八九一万一五三三円

2 被告

原告ら主張の損害は争う。なお、和正は保険外交員でアルバイトで新聞配達をしていたのであるから、逸失利益を計算するならば現実の収入を基礎とすべきである。

三 過失相殺

1 被告

和正は、猛スピードで前方を注視せずに進入したため本件鎖に引っ掛かり、通常ならビクともしない支柱が鎖に引っ張られて傾いたほどの強さで本件鎖に当たったため転倒したもので、本件事故は和正の全面的過失に起因するものであるから、被告に何らかの注意義務違反があるとしても、賠償額の算定上大幅な斟酌がなされるべきである。

2 原告ら

和正の落ち度は、次のとおりの理由により、多くとも二割を越えない。

(一) 事故当日の日の出は午前五時であるが、事故が発生した時刻は午前五時一〇分ころで、夜が明けたばかりのまだ薄暗い状況であった。この時間帯に、幅数センチメートルの本件鎖を発見するのは極めて困難である。

(二) 本件鎖は、幅わずか数センチメートルという極めて細いものであって、原動機付自転車に乗って進行中の人間がこれを発見するのは極めて困難である。また、本件鎖は、和正の進行方向から見ると背後にある駐車場のコンクリートの色に溶け込んでおり、判別するのは極めて困難な状況である。

(三) 本件鎖が設置された場所は、北側にある勝浦川の土手から南進したところに位置するが、土手から事故現場方向に向かって急な下り坂となっており、走行する車両は自然とスピードが出る状況となっているから、本件鎖を発見するのがより困難な状況にある。

(四) それまで夜間であろうと早朝であろうと、自由にしかも誰でも出入りできていたものであり、本件鎖によって物理的に進入できないなどということは全く予想だにしなかったことである。

(五) 和正は、新聞配達という正当な業務のために進入しようとしたものであり、目的においてなんら不当なものは存在しない。

第三  当裁判所の判断

一  前記当事者間に争いのない事実、《証拠略》によると以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1 交流プラザ等の敷地入口の鎖の設置

(一) 徳島市論田町中開所在の交流プラザ等には、スポーツ施設として体育館、武道館及びプールが、宿泊施設として青少年交流プラザがある。交流プラザ等の敷地には、東側の正面出入口と北側の裏出入口(以下「本件出入口」という。)の二か所の出入口があり、平成六年七月までは夜間も出入口を閉鎖することはなかった。

(二) 交流プラザ等の施設、構内敷地及び周辺の状況は別紙図面のとおりであって、北方には東西に走行する市道があり、右市道から直角に南に向けて交流プラザに向かう通路(以下「進入路」という。)は、幅約五メートル、長さ約七、八〇メートルであって、市道からは下り勾配になっているものであるが、進入路の土地は同所に存する徳島市東部環境事業所の敷地であって、進入路の両側はコンクリート擁壁や金網等で仕切られ、途中に脇道などはなく、そのまま平坦な交流プラザの構内敷地につながっている。また、この進入路は、広く一般公衆の通行の用に供されたものではなく、もっぱら交流プラザ等を訪れる人や車両の通行のためのものとして開設されているものである。市道から進入路に曲がる位置、そこから本件出入口の間には蛍光灯が一つずつある外、本件出入口から交流プラザの敷地に入って直ぐ右側には水銀灯があり、この水銀灯の明かりは本件出入口までとどく状況にあった。

(二) ところで、従前から、交流プラザ等の敷地には、夜間車で侵入する者があり、翌朝に避妊具、ティッシュペーパー等が落ちているということがしばしばあったり、夜間に暴走族が侵入してきて構内で暴走したりし、付近住民から苦情が寄せられることがよくあった。さらに、付近住民も駐車場がわりに不法に使用するという状況が続いていた。このような事情から、被告は、交流プラザ等の敷地への出入口を夜間は閉鎖することにした。閉鎖する方法としては、予算の関係もあって開閉式の門扉を作ることはせず、出入口の両側にポールを立て、これに鎖を渡すことにした。

(三) 設置した場所は、進入路と交流プラザ等の構内敷地の境目にあたる別紙図面に×と記載した箇所で、ポール及び鎖はともにステンレス製であり、ポールは直径約一〇センチメートルくらいの円柱型のもの、鎖は長さ約六メートル、幅約四、五センチメートルの銀色のもので、鎖が張られた状態での地表からの高さは約五〇センチメートルであった。

交流センター等の職員は、閉鎖する鎖が設置されるので、交流プラザ等の正面出入口と体育館の事務所の前に、夜間は出入口を閉鎖する旨の貼り紙をした。

(四) 被告は、体育館、武道場等スポーツ施設の供用終了時間が午後九時であったので、青少年交流プラザに宿泊者がいない日は午後九時に、宿泊者がいるときは午後一〇時に鎖をかけて施錠して出入口を閉鎖することにした。本件出入口に初めて本件鎖を張ったのは、事故前日である平成六年七月一二日の午後一〇時であった。

2 和正の事故

和正は、昭和五五年ころから自動車販売会社に勤めていたが、平成五年八月末に退社し、その後、生命保険会社に勤務する一方、同年一〇月から新聞配達をアルバイトで始めたものである。和正は、平成六年七月一三日午前五時一〇分ころ、新聞配達のため原動機付自転車を運転して、前記市道から進入路を南に下って本件出入口から交流プラザ等の敷地に進入しようとしたところ、本件出入口に前日夜から張られていた本件鎖にひっかかって交流プラザ等の敷地側に転倒し、死亡した。事故後、警察官が測定したところ、一方のポールは最も高いところが約一〇センチメートル、他方のポールは最も高いところが約七センチメートル内側に傾き、鎖の最も低いところは地表から約四五センチメートルに下がっていた。なお、現場には、鎖の手前約一・五ないし一・七メートルの地点から鎖の向こう側にかけて全長約三メートルのスリップ痕が確認された。

3 事故当日の日の出時刻は午前五時であった。同日午前三時の天候は快晴で大気現象はなく、視程は一〇キロメートルで雲はなし、同日午前九時の天気も快晴で大気現象はなく、視程は一〇キロメートルで全天を一〇とした場合に一未満の積雲があった。交流プラザ等の職員は事故の翌日の事故発生と同時刻の午前五時ころに照度を測定した。この日の午前三時の天気は薄曇で大気現象はもや、視程は八キロメートルで全天を一〇として一〇で隙間のある巻雲、同日午前九時の天気は薄曇で大気現象はもや、視程は五キロメートルで全天を一〇として一未満の積雲と一〇で隙間のある巻雲であった。この時の照度は、午前五時の時点では二二五ルックス、午前五時五分の時点では三九七ルックス、午前五時一〇分の時点では六六五ルックスであった。ちなみに、文部省の定めた学校における照度の基準は、一般教室が二〇〇ルックスから七五〇ルックスの間、製図室のような場所でも三〇〇から一五〇〇までの間であればよいとされている。

二  以上認定の事実によれば、交流プラザ等には別に正面出入口があり、本件出入口は、交流プラザ等の裏の出入口であって、北側にある市道から交流プラザ等の構内敷地までに至る進入路は、もっぱら交流プラザ等を訪れる車両や歩行者のためのものであるところ、被告は前記の事情から、交流プラザ等の閉館後の夜間における無用あるいは不法な構内への進入、利用を排除するため、敷地管理権に基づき、右進入路と構内敷地との境目にあたる位置に鎖を張ったもので、本件鎖及びこれを繋ぐポールの位置、形状は前示のとおりであり、右のような構内敷地への無断立ち入りを防止するためにポールを立てて鎖を張ることは一般的で相当な方法であるということができ、本件で張られた鎖自体も一般に用いられているものと同等の幅の銀色のものであって、そして、進入路には二箇所に蛍光灯の設備があるほか、本件出入口には水銀灯の照明が届く状況にあったものである。しかも、本件出入口に設置された本件鎖は、夜間あるいは未明の時刻に同所を車両を運転して通過しようとする者においても、市道から約七、八〇メートルの直線の進入路を本件出入口に向けて進行するに際し、その途中で通常の注意を払っておれば、前方正面の本件鎖の存在に容易に気付くと考えられ、通常要求される程度の前方に対する注意を怠ってさえいなければ当然気付き得るものであって、視覚の点で、本件鎖の幅が不十分であるとか、見えにくい色彩であって、その存在を認識することが困難なものとはいえない。そうすると、本件鎖に民法七一七条にいう瑕疵があったとはいえないし、この点について被告に故意・過失があったともいえない。

原告らは、本件鎖の幅が数センチメートルで、夜間、早朝には容易に発見できない、出入口を閉鎖するには容易に発見できるような開閉式の扉等で閉鎖すべきであり、鎖で閉鎖するのであれば、それだけでは足りず、さらに出入口の手前の場所に、鎖で閉鎖した旨の表示、警告を立て札等により明らかにし、進入が物理的に不可能なことを認識できるような手段を講ずべきであった旨主張する。しかし、本件鎖は、本件出入口を通過しようとする者において、通常の注意を払えば手前でその存在を認識することが困難なものではないことは前示のとおりであって、被告が本件鎖を設置した目的は、夜間における無用、不法な侵入者を排除することにあったのであり、その場合に、万一、よそ見をするなどして本件鎖の存在に気付かずに通行しようとする者のあること、あるいは、それまで夜間に自由に構内に立ち入ってきている者のうちには今回も同様であるとして前方を注視せずにそのまま進入してくる者のあることまでをも予見して、かかる事態にも備えるためのものとしては、本件鎖では不十分であって、開閉式の扉等により閉鎖すべきであるとか、そうでなくとも、入口を鎖で閉鎖した旨の表示、警告を鎖の手前の位置に立て札等で、いわば二重に明らかにしておく注意義務があるとまでいうことは困難であって、原告らの右主張は採用できない。

以上のとおりであって、本件出入口に張られた本件鎖が、交流プラザ等の構内敷地に夜間無断で立ち入ることを禁ずることを阻止、警告するための設備としては、見えにくい、気付きにくい点において欠陥のある工作物であるということはできず、また、被告に本件鎖を設置するについての注意義務違反があったということもできないから、被告に民法七一七条もしくは同法七〇九条に基づく不法行為責任を認めることはできない。

三  とすれば、原告らの本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 朴木俊彦 裁判官 近藤寿邦 裁判官 善元貞彦)

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